小説 置き場

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『深夜2時のタクシー』 2話 真実

 

「お母さん?」

 

 信じられないことにそこに座っていたのは五年前に癌で亡くなった母の姿だった。何

 

がどうなっているのかが分からなかった私は暫く、困惑すると少し車に近づいた。きっ

 

と警戒心が解けたのだろう。

 

「ねえ?お母さんなの?」

 

 母と私の距離が僅か一メートル程になると、私は満面の笑みでそう聞いた。

 

 だが、返事は無かった。どうしのだろう。一向にこちらへ振り向こうとはしない。

 

 もしかすると、自分の勘違いなのかもしれないと思った。だけれど近づけば近づくほ

 

ど、そこにいるのは母であることは確実だった。

 

「阿久津様、宜しければ乗車して頂けないでしょうか?」

 

  彼女はこちらをじっと見つめると、まるでロボットが喋っているような口調で言っ

 

た。その瞬間、この人が私の母でないことを悟った。外見はそっくりだが、中に入って

 

いる魂が母ではない。別人だ。

 

「誰?」

 

 私は生気がない声で訪ねた。

 

「あなた達が言う、あの世から来たものです。といってもそれは天国や地獄というもの

 

とは少し違いますが」

 

 訳の分からないことを言っているのに、私は特にその発言を疑うことは無かった。目

 

の前に死んだ母がいるのだから、そう思うのは当然だった。

 

 

 このまま自宅には帰る予定が無かったので、兎に角、一旦車に乗車することにした。

 

 中は普通の車の内装と変わらず、特に目立って変なところは無かった。

 

「1996年、4月4日生まれの阿久津知志様ですね。」

 

「はい、そうですが‥」

 

「手違いがないように念のために確認させて頂きました」

 

 それっきり彼女は何か言葉を発することは無く、ただハンドルを握ったまま車を走らせ

 

た。私の方も何となく気まずくなって、それ以上ドライバーに質問することは無かっ

 

た。

 

 それにしてもこの車は一体どこへ向かっているのだろうか。窓にはさっきまで見えて

 

いた自宅付近の景色がいつの間にか消えていた。そこには、ただ漆黒の闇が窓ガラスに

 

映っているだけで外の様子は分からない。

 

 再び恐怖が私の心を支配し始めると、私はゆっくり深呼吸をすると斜め前に座ってい

 

る彼女の方を向いた。

 

「すみません、この車って今どこに向かっていますか?」

 

「あなたが最も心から望んでいるところです」

 

 彼女は静かにただそう言うだけだった。

 

「僕はこれから殺されるの?」

 

「いえ、貴方は七日前に自宅で手首を剃刀で切って亡くなっています」

 

 僕は一瞬、彼女が何を言っているのか訳が分からなかった。僕が死んだ?今、こうし

 

て生きているじゃないか。現に今日だってコンビニで弁当を買って‥

 

「購入したのはあなたが憑依した通行人です」

 

「憑依?通行人?でたらめを言うな!」

 

 だが、自分の手元に視線を移してみると確かにレジ袋はそこには無かった。

 

「嘘だ!僕が自殺なんてするはずがない!!」

 

「いえ、記録によると貴方は最も信頼していた友人に裏切られ、夜の十一時二十三分に

 

自殺を図りました」

 

「僕はどうしてその記憶を覚えていないだ?!」

 

「自殺した魂は自分が死んだことに気がづかず、永遠とこの世を彷徨い続けます。時に

 

は自分と同じ思考を持った人間に憑依して、自殺の道へと誘導することがあります」

 

「つまり、この世で自殺を図った人間の中には霊によって引き起こされたものがあるっ

 

てことか?」

 

「はい、そうです。そもそも人間には自由意志というのは存在していません。予め設定

 

されたプログラム通りに動いているだけです」

 

「そんな話を信じられるか。それではただのロボットと変わらないじゃないか」

 

「その通りです。人間とロボットに差はありません。ただ人間の方が複雑な思考や感情

 

様式を持っているだけです。まあ、そんなことはどうでもいいのです。」

 

「もう理解出来たと思いますが、私達はそのイレギュラー達をこの世界から引っ張り出

 

すことが目的です」

 

「邪魔者ってことか‥」

 

    心の中でそう思った瞬間のことだった。突然、体が何かに引っ張られるような感覚に

 

陥ると同時に内臓が破裂しそうな急激な痛みに襲われた。喋ろうと思っても、声が出な

 

い。

 

 こうして私はこの世界から消えたのだった。