小説 置き場

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『深夜2時のタクシー』 1話 不思議な体験

 

「くたばれよ!」

 

 自分の部屋に戻った瞬間、私は肩に掛けていたバッグを乱雑に放り投げた。

 

 電車の中で企業からのお祈りメールが受信されたのを見てから、ずっとむかむかして

 

いた。

 

 これで何社目だろうか。僕はきっとこの世に必要のない人間にちがいない。周りの人

 

は皆、どや顔で会社の内定を貰っているのに、どうして僕だけが拒否られ続けられるの

 

だろう。

 

  昔からそうだった。僕は何事も死に物狂いで努力して漸く、人並みの結果が得られ

 

る。中には、「どうして出来ないかが私には理解出来ない」といった発言をする人がク

 

ラスにいて、それを聞いた時には殺してやろうと思った。

 

 出来る人は出来ない人の気持ちが分からない。出来ないのは努力だけのせいじゃない

 

神様がそうやって僕をプログラムしたからだ。人より苦労するためにわざわざ僕はこの

 

世界に生まれてきた。きっと僕の魂は難しい課題をクリア出来る偉大な魂なんだとそう

 

言い聞かせてきた。だが、仮にそうだとしてもこの現実で生きていくことは私にはあま

 

りに辛かった。

 

「くそ!くたばれ!!」

 

 思いっきり部屋の壁を蹴ると、隣の部屋からドスンとという音が響いた。

 

 心臓がドクっと動くと、私は頭に来てそのまま隣の部屋に仕返しをするために再び

 

思いっきり壁を蹴った。

 

「うるさい!」

 

 隣の部屋から女性の声が響いたので、私は驚いて暫く硬直してしまった。

 

 ガクッと肩を落として、そのまま床に倒れ込むと私は目から涙を流した。

 

 やり返す気分にもなれなかった。日々、心に溜まったものを排出したくて、こんなこ

 

とをしてしまった。どこへ吐き出せばいいのか分からないんだ。恋人もいなければ家族

 

も既に亡くなっている。友達に相談したくても、そこまで親しい人は誰もいない。ずっ

 

と僕は心の中に埃を溜め込むことがしか出来ない。

 

 暫く、物音を立てないように注意していると、いつの間にか私はぐっすりと床で眠っ

 

てしまっていた。

 

  私が目覚めたのは深夜一時半を過ぎた頃だった。窓の隙間から鈴虫が鳴いているのが

 

聞こえた。

 

 夜ご飯を食べなかったせいか酷く空腹感があった。再び眠れそうになかったので、私

 

はコンビニで何か買うことにした。

 

 自宅を出てから数分歩いていると、さっきまでの悲しみがまるで嘘のように綺麗さっ

 

ぱり消えていた。まるで魔法に掛かったみたいだと言いたいところだが、私は夜道を歩

 

くことが昔から好きだった。こんな自分でも受け入れてもらえる、包み込んでくれると

 

いった感覚がするからだと思う。誰もいない道をただ歩いているだけで私は幸せで仕方

 

が無かった。このまま永遠にこの何もない道をただひたすら呆然と歩いていたかった。

 

だが残念ながら現実はそうるなることはなく、前方50メートルのところにコンビニの

 

光が見えてきた。

 

 いつもなら何とも思わない光がやけに眩しく感じられ、神経が過敏に働いたのか心拍

 

数が通常時より上がった。

 

 適当に弁当とペットボトルのお茶を購入すると、そのままコンビニから逃げるように

 

さっさと来た道を戻っていった。

 

 再びあの家に帰るのが嫌で仕方が無かった。あの中に閉じ籠ってしまうと、頭がどう

 

にかなってしまいそうで辛い。暫く、この夜道を歩き続けようか。そう思った時のこと

 

だった。

 

 後ろから車が走る音が聞こえてくると、それは私の隣にピタリとくっついた。不気味な

 

不自然な行為に恐怖心を覚えると、私は早歩きをしてさっさと自宅に帰ることを決心し

 

た。

 

 だが、真っ黒の車は一向に私から離れようとせず、まるで背後霊のように後ろに付い

 

てきた。こういう事態に陥った時、人間は方向転換して逆方向に走ったり、全速力で前

 

方へ駆けていくことは出来ない。実際は恐怖心が勝って、体を思うように動かせないの

 

が普通である。

 

「お母さん、助けて」

 

 咄嗟に母の顔が脳裏を過ぎると、私はただ緊張状態で自分が危険な目に遭わないこと

 

を祈ることしか出来なかった。

 

 車が現れてから、五分程しか経過してなかったが私にとってはそれが何十分のように

 

感じられた。もう、このまま死んでしまっていいのではないだろうか。というよりも、

 

それはずっと今迄願ってきたことじゃないか。自分で自殺することが怖かったから、こ

 

れまではこの世界で必死に生きてきた。だが、その必要ももうない。神様が僕の願いを

 

叶えてくれたのだから。

 

 私は意を決すると、がくがくと震えた足を止めた。同時に隣の車のエンジン音も止ま

 

ると、バタンと左側の扉が自動的に開いた。てっきり知らない男に襲われて、強引に

 

連れていかれると思ったがどうやらそんなことは無かった。

 

「どうしたんだろう」

 

 何から何まで変だ。それにこんな車は今迄見たことがない。海外製のものだろうか。

 

 不信感を募らせた私は頭を右に傾けて、中を覗き込んでみると、そこには私が良く知

 

っている人がフロント座席に乗っていた。

 

「どうしてこんなところに‥」